びよんどネットおたより 2017年5月 第24号より転載【5】ーーびよんど あの人 この人 ◆Hさん◆我が忘れえぬ日 木枯らしとビッグイシュー2017年06月27日

  晩秋の 影長くして 駅頭に           
  ビッグイシュー  朝もやに立つ     
 
2016年 秋の終わり。忘れもしない11月15日。
男は早朝の中央線駅前に立つ。冬の訪れを告げるかのような冷たい風が枯れ木立を揺らす。
雑誌販売者に支給された赤いベストに木枯らしが吹きつける道の傍らで
販売初日の幕が上がる。

雑誌を掲げて立ち尽くす男の前を、足早に通り過ぎる通学、通勤者の群れ。
この場所でビッグイシュー販売をしていた前任者が、体調を崩して身を引いた後
男はこの仕事を引き継いだ。

この駅を利用する馴染み客が沢山いるので、雑誌は間違いなく売れるはずだと
前任者は言っていた。
しかし、早朝から売り始めて2時間、買ってくれる人はおろか立ち止まる人さえいない。
“話が違うじゃないか”と 苛立ちが募ったその時、眼の前を年配の二人連れが
ゆっくりと通り過ぎる。

しばらく歩いた後、連れの女性が振り向いて微笑みながらこちらに戻ってくる。
「それ、売っているの?」静かな落ち着いた声で女性が問いかける。
「はい、、、350円です、、、」緊張のあまり男の声はかすれ
手にしている雑誌をそっと差し出す。
「寒くなって来たから、身体に気を付けてね」と言いながら代金を払い
後を何度も振り返りながら立ち去る女性。
“売れたぁ、、、”上気した男の頬を晩秋の冷たい風が撫でていく。

―30代前半、大きな身体で販売初日の思い出を、にこやかに語るHさん。
「あの一日は忘れられませんね。あの時女性があんな風に雑誌を買ってくれなかったら
そのまま直ぐに販売を止めて帰ってきましたよ。寒かったし、二度と駅頭に立つ事も
無かったでしょう、、、、」

大学を出て就職した会社で上司からの理不尽なパワハラに悩まされ続け
5年間勤めた会社を辞めてしまう。

それから実家に帰っても両親に会社を辞めた理由を話す事が出来ぬまま、直ぐに家を出る。
ネットカフェやカプセルホテルで寝泊まりしながら先行きを思案するうちに
所持金もさみしくなり求人誌をたよりに職探し。

車の運転が好きなので、風俗店のドライバーの仕事をする事に。
持ち前の愛想の良さと律儀さで職場に溶け込み、それなりに仕事を楽しみながら
暮らしていたHさん。

ところがある日、店の経営者にトラブルが起こり、4年半勤めた店を出るはめに。
手持ちのお金も底を尽きかけた頃、インターネットでびよんどネットを見つけ
事務所のドアを叩いた。

その場の雰囲気を敏感に読み取る術を身に付けているHさん
すぐに事務所の空気に馴染んでいった。
やがて自転車も手に入れ、びよんどの仲間が寝起きする場所で暮らし始める。
今では、市道清掃の仕事をやりながら、ビッグイシュー販売を続けているHさん。

「えー最初に就職した会社で受けたパワハラの苦い想いが、
ずーっと僕の中で整理のつかないまま、わだかまっています。
だから今のように、一人で気楽に出来るビッグイシューの販売や、ほとんど縛りの無い
道路清掃の仕事は上手くやっていけると思います。
でも、それなりの組織の中で、それなりの責任を負う仕事に向き合う為には もう少し時間が必要です。

うーん将来やってみたい事の一つとしては、頭の中に浮かぶ漠然としたイメージですが
学生時代から自転車が好きでサークルでもやっていたので、自転車ツアーや自転車をテーマにした
イベントなどを企画運営したみたいですね。

それから、びよんどネットで見聞きした事、ここで出会った人たちから受けた
様々な印象深い事を大事にしていきたいですね。
そして今度は逆の立場で関わる事が出来たらいいと思っています」

Hさん。今はその大きな身体と心に受けた傷を癒やす時間が 
必要な時期なのかも知れません。
しかし、いつの日か大きな身体を弾ませて、少しは明るさの見える世界に向かって
足を踏み出してください。

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